2008年11月18日

中国の校長、日本を賞賛

中国の高校長「勇気ある行動」 修学旅行で訪日 ブログで日本称賛
2008.11.15 17:09

 今年5月、修学旅行で日本を訪問した北京市第四中学(高校)の劉長銘校長が細かい気配りをする日本人の国民性を称賛、「中国は日本から学ぶべきだ」とする評論を11日、ブログに発表、共感が広がっている。
 同校は初めて修学旅行先に日本を選び、高2の約400人が東京や長崎などを見学。日本から中国への修学旅行は多いが、中国からは極めて珍しい。
 校長は日本人と接触し「中国人にはない、細部に見られる特質」を感じたとした上で「自律的で社会に迷惑をかけない」ことを原則とする気配りの国民性に「敬服せざるを得ない」と称賛。女性トイレに消音と節水のために設置されている排水擬音装置も「細やかさ」の一例に挙げた。
 「日本人が中国人より頭が良いとは思わない」とした上で、物質的に豊かになった中国では、有害物質メラミンを意図的に混入させた汚染粉ミルク事件が起きるなど依然モラルが低いと憂慮。
 両国間には日中戦争などの歴史的経緯があり、訪日には対日理解を通じて「恨みを取り去る」目的があったが、国民性の落差を認めざるを得ず、逆に「どうしようもない」という「(自分に対する)新たな恨み心」すら生まれたと複雑な心境を吐露した。

 ブログには4日間で1700を超える反響が殺到。反発もあるが、「中国の教育に問題がある」など賛成派が多数。ブログに支持する声を寄せた語学学校の女性教師、方向紅さん(47)は「日本批判の文章は多いが、率直に評価する文章は珍しい。中国では(批判される)リスクもあり、校長の勇気ある行動に感激した」と話した。(共同)
(MSN産経ニュース)


 この手の他愛のない“真実”を語るにも勇気がいるという中国の現状は、如何に反日が浸透し徹底しているかということを実証するものだ。そんなかの国でこのような言論が広く人口に膾炙し得るのは、ひとえにインターネットという新時代のメディアのおかげだといえる。尤も、ご承知のとおりネット上とはいえかの国に完全なる言論の自由は存在せず、当局の認可の範囲内での言論であることは間違いなく、経済・技術等日本の力を当てにしたい今、反日路線を潜める胡錦濤路線にとって好都合な言論なのかもしれない。
 とはいえ、上記は本当に日本に来た中国人や韓国人の偽らざる心境だろうと思う。いくら日本鬼子だのと先入観を持ってきても、現実の日本と日本人を目の当たりにしたとき、その民度の高さ、そしてそれに起因する人々のこぎれいな身だしなみやまちの美しさ・清潔さ、人々の整然とした様子には目を見張るだろうし、鬼子とは大違いの親切な日本人に驚嘆感激するとはよく聞く話だ。多くの不良中国人が不法滞在し、凶悪犯罪を犯している現状は許しがたいが、今まさに反日教育を受けている中国の中高生等の若い世代や、逆に反日教育を施している教育関係者にはぜひ日本を見てほしい。さすれば、彼らの反日教育により作られたまるで悪鬼の如き日本人像が、自ら目の当たりにした日本と日本人とは全くかけ離れていることに気づき、反日を殊更強調する中国の歴史教育に疑問を抱くきっかけとなるはずだ。こんな日本人たちが南京であのような蛮行を行い得たのかと…

 「日本人が中国人より頭が良いとは思わない」という校長の言葉は真実だ。むしろ、超格差社会が当然の中国で英才教育を施されたスーパー・エリートや日本とは比べ物にならない熾烈な競争社会を勝ち抜いた中国人の方が有能で天才的な能力の持ち主が多く存在するかもしれない。しかし、彼らは日本のようには決してなれないだろう。開国後は早々と列強国入りを果たし、敗戦後も脅威の復興を見せた経済力等、日本の強さの源泉は、その民度の高さ、人々の公共心の高さ、他人との協調性の高さに尽きる。それらが反面では欠点となり問題を生じているケースもあるだろうが、紛れもなくそういった国民性が我々の国をここまで強くしているのだ。よって、昨今の報道でうかがい知ることができる数々の嘆かわしい事件の類が、よき日本が瓦解しつつあることの傍証であるとしたら、まさに日本の危機であるし、その建て直しに早急に取り組まねば、上記のような外国人の賞賛も今は昔の話となってしまう。
posted by lizard at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 憂国日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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